ガミラシークレットの最大の欠点は、単なる石けんに見えてしまうこと。

開発者 ガミラ・ジアー Gamila Hiar

ガミラが語る商品への思い、ソープの使い方、日本のお客様へのメッセージ。
温かく落ち着いたガミラの声が聴けます。

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1940年、イスラエル北部ガリラヤ地方、ペキイン村に生まれました。ガミラが生まれた当時のペキイン村は医者や薬局もない貧しい村で、植物が病や怪我を治す薬として珍重され、代々植物の恩恵を受けてきました。ガミラの祖母と母は植物の知識に長けた人物として知られており、村の薬局であり医者のような存在でした。

ガミラは幼い頃から母とともに毎日山に入り、その植物の知識を受け継ぎました。そして20歳くらいからこの植物の知識を何とか後世に残す方法はないものかと考え、誰もが毎日使う「石けん」という形で残すことを決意しました。そして30余年に及ぶ石けん作りの研究がスタートしたのです。

ペキイン村ではオリーブオイルを作る過程で生まれる搾りかすを使って、昔から各家庭で石けんは手作りされていました。
しかし、ガミラは搾りかすではなく、極上の一番搾りのオリーブオイル(エクストラバージンオリーブオイル)を使わなければ、本当に良い石けんは出来ないと考えました。そしてそれをベースに14種類のハーブをブレンドさせレシピを完成させます。
この部分がガミラシークレットの肝といえる部分で、エクストラバージンオリーブオイルと植物の組み合わせこそが、ガミラが30年以上もの試行錯誤を重ねた理由なのです。

ペキイン村とガリラヤ地方の山々
  • 1950年代のペキイン村中心部の和泉
  • 現在の村中心部の泉
  • 自宅1階で石けん作りをしていた頃
  • 工場で働く女性たち
  • 2006年イスラエル建国記念日に表彰されるガミラ

「ガミラシークレットの箱の裏面には使用している原料がすべて書いてあります。そして石けん作りも簡単です。でも決して誰もガミラシークレットと同じ石けんを作ることはできません。」とガミラは言います。
なぜならば、各素材のどの部分(葉、茎、根、花)を使って、どの順番で、どの温度で、どのタイミングで、どのようにブレンドするか、この組み合わせは無限だからです。
それをガミラは独学で一つ一つ自分で試しながら30年以上かけて、やっとたった1個の石けん、ガミラシークレットオリジナルを完成させたのです。

始めは自宅の1階で作っていたガミラシークレットも、現在は村の近くの工場で生産されています。しかし自宅で作っていた当時と同じくすべて手作りのままです。
工場で働く人々はガミラの家族を除いて近隣の村の女性だけです。
ガミラは自分が経験した封建的な村社会で女性が働くことの苦労を繰り返さないために、生活に困っている女性を積極的に採用しているのです。また宗教による偏見もなくし、イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒、そしてガミラの信仰ドルーズ教徒が仲良く働いています。
この功績が認められ、ガミラは2006年5月イスラエル建国記念日に
「その年のイスラエルに影響を与えた10人」の一人に選ばれ国から表彰されました。

現在もガミラは毎日のように山に入り植物と会話し、ハーブを使った商品の研究開発を続けています。自宅の1階は新商品を開発する工房兼お店として多くのお客様が来店されます。工場では女性従業員のよき相談相手として慕われ「Savta Gamila」(サブタ・ガミラ=ガミラおばあちゃん)と親しみをこめて呼ばれています。

ガミラ自宅1階のお店でお客様に話をするガミラ

私は植物と話し、植物は私に秘密をうちあけてくれる "I talk with the herbs and they respond back to me with their secrets"

ガミラシークレットとは?

素材へのこだわり

製法へのこだわり

イスラエル ガリラヤ紀行

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